9 老い 「最近老けたなあ」「あの人は私より若いと思 う」「若くいられるように健康に気をつけよう」 ─老いに対する一般的な関心が高まるにつれ て,上記のようなことを意識したり,耳にする 機会が増えてきた。しかし,ここでいわれてい る「老けた」「若い」という言葉は,具体的に 何を示し,何を基準としているのだろうか。 高齢社会となった日本において,身体的機能や 認知的機能,社会的機能における加齢の影響を検 討するとともに,高齢者が自分自身の老いをどの ように捉えているのかについての研究も注目され ている。これらは「主観的老い」(subjective age; age awareness; age identity)と呼ばれている。 本稿では,主観的老いの関連要因や主観的老 いを意識することが高齢者にどのような影響を 及ぼすのかについての心理学的知見を紹介する。 主観的老いとは 主観的老いについては,1960 〜 70年代頃か ら欧米圏で本格的に実証研究が行われてきた。 研究分野は老年学や心理学,社会学や医学など を中心として比較的多岐にわたる。心理学では, 発達心理学領域で扱われることがあり,主観的 老いという概念は成人期以降の発達的変化とし ても捉えられている。また,近年では,メンタ ルヘルスとの関連についても検討されており, 主観的老いが高齢者の抑うつやwell-beingに及 ぼす影響についての知見も提供されつつある。 主観的老いの概念自体についてはそれ以前か ら存在しており,日本においては,老性自覚 (橘,1971)として扱われてきた。これまでの 研究において主観的老いは,自分自身が考える 自分の年齢であるとされてきた。しかし,この 定義については,研究者による解釈の違いや研 究手法のばらつき等からいまだ完全には明確化 されていないように見受けられる。 主観的老いを調べる手法としては,実際の 年齢にかかわらず,どの年齢層に自分が属す るかについて,インタビューや質問紙などで 尋ね,自分自身を「実年齢よりも若い」「同じ くらい」もしくは「老けている」といった程度 を回答させるものが一般的である(Settersten & Mayer, 1997)。 例 え ば,RubinとBerntsen (2006)は,20歳から97歳の参加者に,自分は 若いと感じているか,老けていると感じている か,あるいはどちらも感じていないかの3件法 で尋ねた。その結果,25歳までの参加者は,自 分が老けていると感じている,もしくはどちら も感じていないという人の割合が比較的多く, 40歳以降は自分が若いと感じている人の割合 が多いことが示された。さらに,実際に感じて いる自分自身の具体的な年齢(felt age)につ いても回答を求めたところ,40歳以降の参加者 は実際の自分の年齢よりも20パーセント程度 低い年齢を回答した。したがって,中年期以降 は若年者よりも比較的自分自身を実際の年齢よ りも若いと感じやすいことがわかっている。 また,自分の理想とする年齢について検討 した知見もある。HubleyとRussel(2009)は, 中年期から後期高齢期の参加者に,自分が理想 とする年齢と実年齢に満足しているかの程度に ついて質問した結果,理想とする年齢は実際の お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科 博士後期課程
屋沢 萌
(やざわ めぐむ) Profile─屋沢 萌 2015年,お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科博士前期課程修了。 現在は同大学院博士後期課程の人間発達科学専攻心理学領域に在学中。2016 〜 2017年,聖学院大学人間福祉学部こども心理学科非常勤講師。専門は発達心理学,認知心理学。論文は「想起 内容とその感情的側面からみた高齢者の自伝的記憶」(共著,『認知心理学研究』)など。「老い」をどのように捉えるか
─主観的老い研究における心理学的知見
10 いと感じている人ほど身体的健康や精神的健康 がより良い状態であることが伺える一方で,老 いを感じることがすべてにネガティブな影響を 与えるわけではない。Steverinkら(2001)は, 40歳から85歳の参加者に,異なる生活領域(健 康,社会的結びつき,活動,パーソナリティな ど)における老いを感じた経験について,ポジ ティブあるいはネガティブな記述の評定をさせ た。その結果,老いを感じた経験には活力や身 体的健康の低下,個人の発達,社会的役割の損 失といった領域との関連が示された。これは, ネガティブな経験(喪失や減退)だけではなく ポジティブな経験(成長)も個人の老いの経験 の特徴となっていることも示唆しており,老い を感じることが必ずしもネガティブな影響だけ ではない可能性も考えられる。また,Stephan ら(2016)では,認知機能と主観的老いの関連 を明らかにしたうえで,自分は老いていると いった評価が認知能力の低下や予防の指標にな りうることを示唆している。したがって,自身 の老いを認識することで,身体的疾患や認知症 の早期発見あるいは予防にも有用であるかもし れない。 かつて,老いのイメージというと,退屈や不 健康,人間関係や生き甲斐などの喪失といった 比較的ネガティブなイメージをもちやすい傾向 にあった(Levy, 2003; Levy et al., 2004)。しか し,高齢社会となり,平均寿命が延びたことで, より心身共に健康的な老後を送れるようサクセ スフルエイジング(Rowe & Kahn, 1997)を目 指すようになり,こうした老いのイメージにも 変化が出てきたように思われる。中年期から後 期高齢期を対象とした筆者の予備的な質問紙 調査においても,高齢者のイメージを尋ねたと ころ,「体力の衰え」「病気」といったイメージ と同様に,「元気」「楽しい」といった老いのイ メージももっていることがわかっている。 ただし,年齢に関するネガティブなイメージ が否定的なアイデンティティにつながる可能性 も少なからずある(Weiss & Lang, 2012)。つま り,老いを感じることが,もともと個人がもって いる自己のイメージにネガティブな影響を及ぼ 年齢よりは少し若いが,実際の年齢には比較的 満足していることが示唆された。つまり,若く ありたいという意識はあるが,実際の自分の年 齢は受容している人が大半であるといえる。若 本・無藤(2006)においても,心身に見合う認 知や行動様式を獲得していく自己受容の過程は 中高年期の発達の中核を担うことが示唆されて おり,主観的老いは,中年期以降の個人が自分 自身をどのように捉え,自己やアイデンティ ティをどの程度受容しているかといった点にも 関連があると考えられる。 主観的老いの関連要因 主観的老いの関連要因については,これに関 連する研究の最大の関心であるともいえる。身 体的健康や精神的健康,認知的機能あるいは社 会的機能に至るまで,さまざまな関連要因が検 討されつつある。 Berglandら(2013)の研究によれば,年齢 が高いほど,身体的健康や精神的健康,自己マ スタリー(自己研鑽)が自分は若いという意識 を予測することを示した。また,個人のライフ イベントも主観的老いに関連することがわかっ ている(Tsuboi,2006)。したがって,主観的 老いについては,複数の要因が総合的に判断さ れることで,個人の評価につながっている可能 性が考えられる。 また,精神的健康や抑うつと主観的老いの 関連は近年注目されており,主観的老いに対 する介入の効果への期待も示唆されている (Steverink et al., 2001)。 同 様 に, 他 の 高 齢 者よりも若いという意識がwell-beingに関連 していることもわかっている(Westerhof & Barrett, 2005)。例えば,自分は老いていると 考えている高齢者に対し,自らの力でできるこ とを増やしたり,周りとの対話によって自分だ けが老いているのではないという認識をもたせ ることができれば,老いに対する意識も変化す る。それに伴って,精神的健康やwell-beingに ポジティブな影響を及ぼすことが可能かもしれ ない。 先行研究から主観的老いを意識した際に,若
11 老い す可能性があるということだ。今後,もし仮に 一般的な老いのイメージが十分にポジティブに 変化すれば,老いた自己イメージを肯定的に捉 え直すということも可能になるのかもしれない。 主観的老いをどう捉えるか 主観的老いの研究手法としては,主に質問紙 やインタビューによる調査が行われてきた。そ して,質問内容は自分自身が考える自分の年齢 について,実際の年齢と比較した場合の評定を させる場合や具体的な年齢の回答を求める場合 などが多くみられる。しかし,これらの質問方 法はいずれも研究によって異なり,質問の方法 や回答の方法によって参加者が受け取る「老い」 の概念が多様になりうると考えられる。また, 実際の自分の年齢との比較といった視点のみか ら自身の老いの程度を十分に測れるかといった ことについても,検討する必要があるだろう。 主観的老いの質問方法に関する筆者らの探索 的検討である屋沢ら(2017)では,中年期から 後期高齢期の参加者に対し二つの質問を行っ た。質問Aは予測された主観的老いに関する 質問(「今の自分は10年前の予想と比べて,ど のくらい年をとったと思いますか」)であり, 質問Bでは世の中の高齢者と比較した主観的老 いに関する質問(「世の中の高齢者と比べて自 分はどのくらい年をとったと思いますか」)で あった。回答は3件法で評定を求め,質問1で は予想より若い・予想と同じ・予想より老け た,質問2では自分より若い・自分と同じ・自 分より老けた,のどれかをそれぞれ選択するよ う求めた。その結果,質問Aに関しては年齢 群による差はみられなかったが(図1),質問B において,より高齢の群の参加者は世の中の高 齢者よりも自分のほうが若いと感じている人が 多いことが示された(図2)。本調査の参加者 は,毎年健康診断を受けており,比較的健康意 識の高いアクティブな高齢者であったと考えら れるが,世の中の高齢者と比較した場合には年 齢が高いほど自分が若いと感じやすいという可 能性が考えられる。また,自分が予想していた 10年後の自分については,年齢による差はな いことから,HubleyとRussel(2009)の結果 から得られた示唆と同様に,主観的老いにおけ る自己受容はしていた可能性がある。本研究に 関しては,今後主観的老いに関連するその他の 要因との関連についても詳細に検討していく必 要があるだろう。 主観的老い研究の今後 主観的老いは,あくまで自分自身が老いた, あるいは若いと感じているかの程度を示すもの であり,個人をとりまく環境や個人の意識によ る影響が少なからずあるということを念頭にお いておかなければならない。平均寿命が延び, 高齢期のライフプランの多様化が顕著となって いる日本において,個人の属性はもちろん,個 人の属するコミュニティや文化圏など社会的要 因も主観的老いを検討するにあたって,十分に 考慮していく必要がある。 また,主観的老いの評価を求める際には,よ り個別の機能や活動について質問する必要もあ るだろう。主観的老いの評価には,自分の日常 生活におけるパフォーマンスに対する評価をあ 「老い」をどのように捉えるか 0% 20% 40% 60% 80% 100% 図1 質問Aに対する回答の割合 (屋沢ら, 2017) 割合 76歳以下 77歳以上 予想より 老けた 予想通り 予想より 若い 0% 20% 40% 60% 80% 100% 図2 質問Bに対する回答の割合 (屋沢ら, 2017) 76歳以下 77歳以上 割合 予想より 老けた 予想通り 予想より 若い
12 る程度反映させる可能性があるため,一種のメ タ認知的な要素が含まれるとも考えられる。主 観的老いの評価を行うことで,高齢者が,車の 運転など注意が必要な認知的活動時に自ら気を つけるように心がけたり,病院の受診などを周囲 が促しやすくなるきっかけとなるかもしれない。 一方で,高齢者が若さを感じている部分に関 しては自信や活力につながり,精神的健康を維 持することに役立つかもしれない。また,これ らは自分自身をどう捉えているかといった高齢 者の自己イメージとの関連もあるだろう。 老いの捉え方が時代とともに変化しているこ とを考慮すると,同様に主観的老いの定義や基 準についても徐々に変化しつつあるのではない かと筆者は考えている。これまで,自分自身が 考える自分の年齢を主観的老いとして考えてき たが,さまざまな機能や見た目,他の高齢者や 他の年代との比較など,さらに複数の側面から 主観的老いを捉えられる尺度や質問方法を今後 は考えていかなければならない。そのために は,国内における知見を増やしていくことで, 長寿国とよばれる日本の高齢者が老いをどのよ うに感じているかをまず明らかにする必要があ る。筆者の主観的老いに関する研究はまだほん の一歩を踏み出したばかりに過ぎないが,主観 的老い研究が高齢期の特徴をより深く理解する ための一助となり,老いることはネガティブな ことばかりではないかもしれない,と考えられ る研究となることを信じている。 謝 辞 本稿に記載した屋沢ら(2017)の研究について,東京都 健康長寿医療センター研究所の藤原佳典研究部長をは じめ,佐久間尚子研究員,鈴木宏幸研究員,ほか共同研究 者の皆様には多くの支援ならびに貴重なご助言をいた だいた。記して深謝する。 文 献
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